028 私と自己抜管
フラクタルのぼくたちの失敗担当、のぞみです。
さて、既にタイトルからして不穏な匂いがするんですけど、今回は自己抜管“されかけた”はなしなのでギリセーフです。
いや、全然セーフでもなんでもないんですけど。
今回はこのちょっと痛い思いした話を掘り下げたいと思ってます。
患者さんと殴る蹴るの大喧嘩(無論殴られる、蹴られるですが……)をして、結構久しぶりに業務自体で心が折れかけた。
— のぞみ (@sratsylenol) April 12, 2019
基本的に後期高齢者の患者さんは制圧可能だと思ってるんですけど、完全に油断した結果若干負傷しました。
フィクションを織り交ぜて書くとどうも伝わらないので途中までぼかして書くと、鎮静・鎮痛してる患者さん(RASS;-1、BPS;3、CPOT;0)の背部〜殿部の皮膚の観察をしようとして横向けた瞬間突然覚醒・興奮して挿管チューブを掴まれたので、抜管されないように患者さんの腕を掴んだところ……、って感じです。そこそこ痛々しい傷ができた。
正直、自分より小柄で非力(そうに見える)患者さんにここまで抵抗を許すとは思ってもいなかったので、すぐに男性看護師が駆け付けてくれなかったらどうなっていたか……、っていうかたぶん自己抜管されてただろうな。と思っています。最終的には4人がかりで動きを止めた感じです。
だいたい朝6時の出来事で、他の不穏の患者さんは起き出して暴れだすし、そんな中病棟の急変の転入取って欲しい(って言うか、電話口では『今から降ります』って言われた。なんの準備もしてないのに……)って電話はくるし、迫り来る多重業務と患者さんへのイヤ〜な気持ちに結構心が折れた。結局この場を切り抜けるためには四肢抑制までしないといけなかった。
ものの本には適切な鎮静深度、鎮痛を図ってルーチンの身体拘束をしないようにすることが好ましいって書いてあるけど、実務のことを考えると往々に難しいことが多い。
ここでなにがこんなに自分の中でモヤモヤしたかを考えていたわけです。
そもそも自己抜管が及ぼす患者さんへの影響が大きすぎる
(この前の看研の記事も、1.そもそも〜みたいな書き出しをしてたね)
なんて言うか、最悪死ぬ。
患者さんを腕ずくで押さえつけて四肢抑制をするって非道な気がする
挿管チューブ=生命維持装置につながるものを守るためとは言え、なんか申し訳ない気持ちになる
自己抜管された(されかけた)看護師だと周りに思われたくない
嘘偽りない気持ち的にはこれも。
患者さんに陰性感情を持って接するのがつらい
なにがモヤモヤって、正直これが一番なんじゃないかと思いました。
陰性感情。ネガティブな気持ち、なんですけど。
やっぱり看護師たるもの患者さんに優しく接しなきゃいけないという思いがあるの……でしょうか。でも傷つけられてまでそんなことできない。そう言う揺れ動く気持ちって、つらいんですよね。気持ちのブレってすごく疲れる。看護は感情労働、ってよく言われてるけど、患者も看護師も、ストレス?苦痛?を感じるような環境がICU(集中治療室)なんだよなぁ、って思いました。気持ちすり減らして働いてる。
ICUでのストレス性潰瘍予防にPPIって、割とよく見かける気がすると思うんですけど、患者と看護師、立場や時間の違いはあれどここにいる、っていう“環境”は変わりないんだよなぁ。夜間のモニター音や光が良くないって言われてるけど、それって看護師も見てるし感じてるんだよね。
脱線した。
とにかく疲れた、って話です。
愚痴、すみませんでした。