009 私と雨

フラクタルのタナトス担当、のぞみです。

元葬儀屋、ってわざわざ一番はじめにでかでかと書いてあるのにそう言えばここであんまり元葬儀屋感がある投稿してなかったってことに気が付いたので、じゃあなんかそれっぽいこと書いていきたいと思います。

テーマは葬儀屋で働いてたときに一番印象に残った通夜・葬儀。とかどうでしょう。葬儀屋で働いてたのもう10年くらい前なのに印象に残ってるってことは恐らく心に引っかかるなにかがあるんでしょう。

個人が特定される可能性ゼロではないので、ところどころ多少のフィクションを織り混ぜて書いてあると思ってください。

お年を召したかたのお葬式、療養生活を送ってたようなかたのお葬式は、遺族全員が大なり小なり心の準備が出来ていて、そんなにすごい勢いで取り乱すひとっていなかった気がします。棺の蓋を閉めるとき、出棺のとき、涙するようなことはもちろんあるけど、まぁ、良く見る光景、って程度。でも『いやー、大往生だった!』ってみんなニコニコしてることも、ままある。

“受け止めが出来ていない”のは、例えば先天性の疾患で亡くなる子どもさん、学生さんの自死とか。これは見てるこっちもつらい。心の準備ができないスピード感、って言うのは看護師になってから理解できた。受容に至るまでの時間が足りないんでしょう。

逆に受容が出来すぎてる、って言うのもなんだか釈然としないな。と思ったことがあった。

亡くなったのは20だか21だかの男の子でした。遺影の写真は成人式のスーツ姿。
どうやらバイクで……あー、その……みんなで一緒に走る系の……大きな団体さん?に所属?していて、総長だったらしい。

お通夜には何百人ってひとが来た。式場の外にパトカーがスタンバってた。喪主の会社関係のひとも来てたけど、団体さん?のひとたちがみんなその団体の正装……って言うか特攻服着て参列していた。女の子もみんな眉毛なくて強面だった。住職のお経が終わっても、全然お焼香の列が切れない。なんならいつも40分くらいで終わるお経を1時間くらいに延ばしてくれていた。

まぁそれだけでインパクト大ですよね。
こんなん忘れようと思っても忘れられないわ。

死因は同時大流行していた自殺の方法だったらしい。その方法で死ぬとめちゃくちゃ顔色が悪くなるって聞いてたけど、それほどでもなくて寝てるみたいだった。

喪主は同業者だった。その道何十年のベテラン。しかもここ3年で喪主をやるのは3回目だか4回目だとかで、慣れてるとかそういうレベルじゃなかった。
故人の母親も気丈に振る舞ってたように思う。親戚の対応とか、参列したひとの対応とかをずっとしてた。
延々と泣いてたのは本人の祖母だった。

なんでそんなにとっぽいあんちゃんが自死を選んだかと言うと、えーと……あれです……反社会団体?への……上納金?をちょっと、アレをアレしてて、アレからアレされてたらしいです。(※怖くて書けない)

みーんな言ってた。
『お金なら出したのに』

果たして持ち逃げした上納金がその場にあれば死ななくて済んだかはわからない。金額も聞いた。安くはないけど、高い金額でもなかった。

でもお金が原因で死ぬひとがいる、って、本当なんだな。って言うのはこのとき初めて実感した。

よくわからないけど、親兄弟の心境としては、きっと天秤にかけて欲しくなかったと思う。お金で解決できるなら解決して、生きて欲しかったと思う。

悲嘆に暮れる作業を、あの遺族はいったいいつしたんだろうと思う。通夜・葬儀での対応は完璧だった。それはもう、見てるこっちがハラハラするほど。受容が出来てるひとたちにしかできない動きをしてたから、悲しいけど受容が出来てるんだろうなってそのときは思った。果たして本当に出来ていたのだろうか。出来たのだろうかと、今も、考える。

まぁ、わたしのいとこの話なんですけどね。

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