不幸だなんて思わないけれど

光さんが生まれたのは、わたしが7歳になる年だったと思う。それまでひとりっことして生きてきたと思ったら、瞬間、長子になってしまった上に母子家庭になった。本当に、瞬間だったはず。

それまで、生家がゴリゴリの金持ちだったり、父方母方両方にとって初孫(厳密にいうと父の腹違いの姉=おばに子どもはいたが……)こともあって自己肯定感の塊として生きてきたはずなのに、広い家から団地に引っ越し、専業主婦だった母は働きに出て、大好きな母は妹に取られ(たような感覚)、習い事もいくつか辞めた。元から飲むひとだったのかはよく知らないし光さんの授乳してたときどうしてたかはわからないけどギリギリ社会生活を送れる限界くらいの量で母はお酒を飲んでた。ギリギリ社会生活を送れる限界ってことは家庭生活は言わずもがななわけです。そもそも結婚したのはモラハラ実家を出たかったという身も蓋もない理由の母が、実家に帰らせて頂きます、となったわけで。

離婚もとい別居に至った理由は父のDVだったらしい。お酒を飲むと暴力、暴言、ってそんなベタなアル中本当にいるんだ……。と思うけど、ベタなアル中は光さんの妊娠中、働いてなかったらしい。

全く記憶がない。

トラウマティックな記憶があってそれを思い出したくがないために蓋をしてるのか、ただ単純に覚えてないのかはわからない(ついでにどうでもいい)。そんなにドラマチックなことはないと思ってるから、正直後者じゃないかとは考えてる。
確かに清く正しくアダルトチルドレン的な傾向は持ち合わせていると思うけど少しコミュ障な程度で、イケてるグループに属したことがない、くらいのもの、という自認。今世ではその機会もなさそう。高校のとき付き合ってた男のひととのことがバレて仲良かった子達が離れてって、いじめられて、ついでに男にもフラれるという事態が起きてメンタルがどん底まで落ちて死ぬと思ったものの、普通にその後の生活は送れてる。不自由さ、生きづらさを感じることがないわけじゃないけど、就職もできたし、しんどい思いはしたけど看護師にもなれた。恋愛には少し影を落としてる気はする。

 今までで一番辛かった(※記憶がある部分)のは、救命救急センターのときだったと思う。仕事も大変だった、内容的にもシフト的にも。なにがあんなに辛かったんだろうと考えると、たぶん、フレネミーばっかり跋扈してたからだろうな。魑魅魍魎かよ。

生きづらさを感じることがないわけじゃない。でもそれが自分の中に原因要因があるのか、それとも人間関係含めて回りの環境のせいなのかは、30何年生きてきて、まだ、よく、わからない。

前の記事

ジムを休会しました

次の記事

Love your enemies