21.招かれない魔物は扉の前で佇む(訪問を拒否されたはなし)

ただただ当たり前なんだけど、訪問看護師、おうちに入れてもらえないとなにも出来ない。まざまざと感じて、扉の前で一瞬立ち尽くしてしまった。

吸血鬼などの魔物は、招かれない家には入れないルールになっているらしく、しばし魔物の気分を味わう。

恐らく団地が最先端のライフスタイルだった、高度経済成長の時代の建物だろう。長い廊下をとぼとぼとエレベーターまで引き返しながらどうしたもんかと考えていた。風は冷たいけど天気はいい。なんだか薄ら寒い。
『共用部分で煙草を吸わないでください 管理組合より』と張り紙がしてあったところに『エレベーターで排泄をしないでください 管理組合より』と改めてあった。どういうこっちゃ。

取り敢えず、管理者に訪問キャンセルになった旨を説明しよう。それからケアマネさんにも状況報告だ。

ここで状況は詳しく説明できないものの、何度か訪問しているおうちで、クレームが入ったりなどのトラブルもない。ただひょっとしたらちょっとネグレクトちっくだから、色々なひとの目が入ったらいいと思われて訪問開始になっているケースだった。

駐車場で車にキーをさして、水筒のぬるいルイボスティを飲んで舌を湿らせる。緊張してるのと同時に、ルイボスティ飲むと一風堂行きたくなるな、と思った。

管理者やケアマネさんに、なに言われるかな。怒られるかな。と思いながら連絡したものの、ふたりとも優しく『それは大変でしたね』と言ってくれた。そう、大変でした。初めてドアの隙間に足とか突っ込んじゃったもんね。うっかり。

実績のための訪問記録は書けないものの、情報共有はしないといけないので、タブレットを開いて起こった出来事をタトタト音を立てて打ち込んだ。追想して思った。……なんだこりゃ。

確か村上春樹の書籍の中でやれやれが一番出てくるのはダンス・ダンス・ダンスだって雑学をどこかで聞いた。こんなことを思い出す程度にはやれやれと思っていたようだ。

訪問拒否(※実は厳密にいうと全然拒否じゃない)ってなんで起こるんだろうな。と、考えながら車を走らせていた。
最近運転しながらオーディブル(書籍を音声で読み上げてくれるAmazonのサービス)を聴いているんだけど、邪魔になるから消す。ゲスの極み乙女。をかける。字面で選んだ。運転中に余計なこと考えるのは危ないけど、やめられない。

①病識がない
シンプルに看護師が家に来る理由がわからないパターン。
病気じゃないから、元気だから、自己管理で十分だからと思っている可能性。

②家に入られたら困る
今揚げ物をしてるんで。うちにテレビはありません。と言って来客を追い返すテクニックはよく出回ってると思うけど、真偽を確かめられると困るパターンは各々あると思う。
ゴミ屋敷だとしても、虐待(セルフネグレクト含む)だとしても。

③今、看護師にやってもらうことがない(という思い込み)
例えば主に摘便目的で訪問しているけど直前に便が出たから摘便は要らない、入浴介助目的で訪問してるけど今日は微熱があるからお風呂には入らないつもり、など。
病状含む全身状態の観察をして、必要な処置や手技をしていることをわかってもらえていない。

④なんやかんやで負の感情が勝る
必要性はわかっているけど、恥ずかしいやら怖いやら。
自宅で他人に陰部や裸や排泄物を見られることってなかなかないと思う。病院で患者の立場なら我慢して出来たけど、自分の家では耐えられないケース。
男性看護師の訪問を拒否するって話は、たぶんここに分類される。

⑤アイツが嫌だ
特定の看護師(今日の場合、わたし)に対して否定的な感情を抱いてるやーつ…やーつ…やーつ……(エコー)
だとしたらクレームを入れて欲しい。

そしてこのいずれかまたは全てが複合的に絡み合っているパターンって説もある。

思い付く限りのアセスメントを並べながら事業所に帰る。わたしの顔を見て先輩がすべてを悟った様子で『今日はフラレちゃったのね』って声をかけてくれた。来週はフラレないように、可能性をつぶす。

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