18.本当は君をまるごと包んでみたいよ

1月1日のうちに近所のコンビニに届いていたんだけど、受け取りに行けなかった訪問看護と介護の1月号を受け取ってきた。ランニングの帰りに。
(電子版の年間購読のお金払うの、遅くなっちゃったんだ……)
(でも思った。わたしは紙のほうがちゃんと読む人種だ……)

わたしが看護学校のときの倫理学の授業って少し生命倫理のはなしに偏ってて、臓器移植とか、人工受精や人工妊娠中絶とか、自死や尊厳死とか、そういうはなしが多かったような単に覚えてないだけなのか……。

確かに『医療と倫理』の中で取り上げられることが多い、とても大切な題材で、大切に議論がなされるべきだと思うけど、わたしは今のところ臨床やってる中で上のようなテーマとは出会ったことがない。いや、ゼロじゃないけど、ゴニョゴニョ……(倫理的葛藤)

それよりも『ケアの倫理』って言えばいいのかな。本人と家族の希望が一致しないとか、「先生がそう言ったからそうします」って言葉を聞いたとか、そういうことのほうが身近に、大きくはないけど波を立てて、迫ってくるような気がする。波だから、寄せては引いて、その時々で大小違うし、うねることが多い。

今回の特集ではそういう『あぁー!』だったり『あ、ぁ……』が、示されていると感じた。

ちょっと感想↓

case 1
在宅、生活の場の多様性も価値観もなんもかんも色んなものが詰まってる事例だと思った。現代的というかなんというか。
単純に『子どもたち3人ーーー!!!!!』ってサンシャイン池崎くらいの声量で叫びたくなったんだけど、これは渦中にいないで紙面でこうやって読んでるから思える感想だし感覚なんだろうな、と。
私も、例えば無意識的に『ターミナルの利用者さんの妻』って役割を押し付けていないか気にしたいと思った。妻、母、祖母、職業人など、どの自分でいるウェイトが高いか/高くいたいと考えているかアセスメントしていきたい。

case 2
ゆとりは大切。本当に大切。
最近結構、時間的余裕のなさに悩んでる。
自宅での入浴介助をすごくすごく楽しみにしてるターミナルの利用者さんがいて、なるべく希望に沿いたいんだけど利用者さんのペースで入浴介助をしてると次の利用者さんの訪問時間に間違いなく遅刻する。車で訪問してるから多少の前後はまぁあるけど、限度ってものがある。でもよもや利用者さんを急かせない。がんのターミナル。いつが自宅のお風呂に入れる最後になるか皆目見当がつかない。
結果、運転が荒い。その内(また)事故る気がする。

case 3
ケアマネさんの辛さとか、苦悩とか、そういえば思いを巡らせたことなんてなかったな、と。
在宅での『マネジメント』って、利用者さんや家族の希望に沿った生活ができるようにサービスを導入することだと思ってたんだけど、確かに直接的な身体ケアをするわけでもない。誰よりも一番気を揉んで調整をしてくれてるはずなのに「ありがとう」を言われる機会が少ない職種かもしれない。
本人もご家族も、ついでにケアマネさんも『これで良かった!』(ついでに『あの事業所に任せて良かった!』)って確信が持てるようなケアをして、計画書&報告書を書きたい。

case 4
利用者さんの家族に精神疾患があってゴリゴリに陽性症状が出てて、集合住宅のエントランスまで叫び声が聞こえることがある。
まだ(利用者さんに)訪問看護が入って日が浅いからそのストレスもあるのかもしれない。まだ日が浅いからどうやって家族と関わっていいか探り探りやってるこっちの気持ちも見透かされていそう。
しかし私の、ユニフォームを着て“地域”に出てるって気持ちは少し薄かったかもしれないと感じた。同じマンションに住んでる同じ階の叫び声が聞こえてるお部屋の住人のひとからしたら利用者さん本人の元に看護師が来てるのか、家族のひとの元に来てるのかなんてわからないよなー。と考えてしまった。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。