16.座敷童子に対する看護

「座敷童子さーん……」

「名前もあるの。りょうくん」

「えっ、男の子なの?っていうか思ったより現代的な名前!」

「そう……」

「りょうくーん……」

「……」

「……」

「……」

「えっ、と……そもそも出てこないように伝えたほうが良いですか?それとも上に乗らないようにだけ言っておきますか……?」

「上に乗らなかったら、いいよ」

「りょうくん、上に乗らないであげてくださーい。……これで良いですか?」

「ありがとう」

 

看護師が、情報収集をして、アセスメントをして、計画を立てて、起こす行動のことを、確かわたしの記憶が正しければ看護といったような気がするんだけど、じゃあこれも看護なんだろうかと若干自問自答しながら無人の畳の部屋に向かって声をかける。電気の消えた薄暗い畳の部屋。別になにが出たところで違和感はないものの。なんの変哲もないマンションの、なんの変哲もないリビング。TVが見える場所に介護ベッドは置かれている。

1週間半ぶりに訪問した利用者さんに、褥瘡が出来ていた。消退しない発赤。結構広範囲。神経難病で意識はクリア(というか、年相応というべきか……)なんだけど四肢はほとんど動かない。褥瘡、できると思う。なにもしなかったらできちゃうと思う。そうならないためにエアマットも入っているし、ヘルパーさんも1日複数回入っているし、褥瘡の対策は他にもこの利用者さんに関わっている職種で、チームで、共有している。

だけど。

こんな部位、そうそう圧迫されないし……え?腹臥位?まさか腹臥位になってた?そんなわけないか。車椅子移乗のときにぶつけた?ご家族は移乗しないもんなぁ。ヘルパーさん?だとしたらこの大きさのこんな真っ赤なのが出来てたら、なにかしら報告がありそうだよなぁ。

疼痛の有無確認。ない。

その他の部位に皮膚トラブルがないか確認。ない。

 

「これ、どうしたんですか?結構赤くなってますけど」

手持ちのフィルムドレッシングを貼って、まぁ、圧迫されるような箇所ではないし、このまま除圧してたらたぶんすぐに治るだろうなと予想。

 

 

「座敷童子が乗ってた……」

 

幻覚が見えてたのは前々からだけど、チョウチョとかだったような。思わずリアクションが遅れてしまい、お互い見つめ合ったまま固まってしまった。

発声も少しずつ弱くなってきている。俗にいう蚊の鳴くような声。TVのワイドスクランブルの音声が大きくて聞き取りにくいこともある。しかし今日は、VTRにいく前の、スタジオからほんの一瞬音声が途切れた隙にそう聞こえた。小さく、だけどハッキリと。暖房がごぅ、と音を立てて、TVは新型コロナウイルス感染拡大のVTRに移行した。

意外と、座敷童子がおうちにいるお宅は珍しくないようだ。疾患の症状、または薬剤の副作用等の幻覚で見える子ども。以前も自宅で女の子が遊んでいたという利用者さんがいた。次見かけたら座敷童子ですね。って言ってあげたい、いい家だから出るんですねって言ってあげたいとは思ってた。

 

質量のある座敷童子による褥瘡発生という弊害にまでは思いを巡らせていなかった……。

 

 

「お、……

重かったんですね……」

予想外の発言に対して返事をするのに、たっぷり時間をかけてしまった。

 

「重かった」

「それは大変でしたね。しばらく乗ってたんですか?」

「そう」

「どいてって言わなかったんですか?」

「言ったけど、聞こえなかったみたい」

「あー……、なるほど……」

「のぞみさん言っておいて。隣の部屋にいるから」

「えっ、今?!?!いるんですか……?」

 

そして冒頭のやり取りである。

 

「ありがとう」

わかりにくいけど、利用者さんが笑ってくれた。折角なのでこれも看護だって思うようにする。

「いえいえ。次は乗られないと良いですね」

畳の部屋は暖房が効かないので、うっすら寒い。冷気が流れてくる。いると言われたらいるような気がして、寒さからか座敷童子からかはわからないけど利用者さんをまもるために肩まで布団をそっとかけた。

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